パリ〜ブレスト〜パリ その8


先月静岡のブルベで痛めたアキレス腱に痛みが戻ってくる。
登りではギヤをかけないように登るか、もしくは重いギヤで体幹を使って負担のかからないように走るかしかない。
それとこの200kmぐらいは右耳に水が入ったときのように塞がっているような感覚、そしてさっきから左目に砂が入って傷がついたのか目がかすんでいる。
平均するとまだマシなのかもしれないが、自分でもおかしくなりそうなぐらいボロボロだ。
何でそこまでして走っているのか・・・


このあたりに来ると小さな村がたくさんあり、狭い交差点が増えて走りにくい。
そして車も結構いいスピードで走ってくるので一時停止しなくていける雰囲気じゃない。
誰もが疲れてきているし何かしら痛みを伴っているのかもしれない。
一緒に走っていた50歳ぐらいのサイクリストは、矢印の指示が右で先行者が右へと曲がっていく中、後方から
「左だ左!!左だと言っているだろ!!おいっ!!」
と怒鳴りまくり、みんなが無視して右折、そして交差点へ来たとき
「ああ、ごめん、右だったのか。矢印が左に見えた・・・」と、右折していく


森の中の1kmほどの登りを越えては下り、そして再び登っていく
追いついたり離れたり
そして新たな選手が後ろからきたり、前から脱落してきたり
ゴールできればいいという気持ちが大きいのか、そしてみんなでゴールしようと言う気持ちもないのか、各自がばらばらに走るもそれがたまたまグループ化しているだけみたいな、不思議な状態だ


疲れているから自分からペースを上げるのが辛い
それにボォ〜としていて、気がつくと寝ているのか前の選手から離れてしまう。
何か考えよう、とにかく頭を動かそう
そう思うけれど何をどう考えるといいのかすら思いつかない
そしてふわっと体が浮くような感覚に包まれる

今はとにかく三度目の闇には入りたくない
このまま進めば予定では午後10時までにはゴール出来る。
午後10時ならまだ薄暗い範囲だ。
ほとんど他力ながらペダルを回し続けるしかない


小さな町を抜けるとき、車が暴走状態で町に入らぬよう、わざと減速させるためにギャップが仕込んである。
そのギャップが目がはっきり見えないせいで確認しづらい。
なるべく誰かの後ろで走ることで、道の状況が分かるからずっと千切れないようにしなければいけない。


たまたま合流した2人組、若い選手が主に先頭で俺より少し上っぽい、多分50歳ぐらいの選手がほとんどつきっぱなし。その50歳ぐらいの選手が
「お前も引け!!つくだけでズルイだろ!」と激怒
目が見えなくて先行したら迷惑がかかるし、とにかくレースじゃないのに、やたらと登りで間隔をあけてアタックをしたりと、千切ろうと必死
それをペースアップしてついていくから相当怒っている
厳密に言えばサイクリングで着順はつかないし、何より既に80人ほどが先行している中で、一体何にこだわっているのか・・・

それとも俺がそう思っているだけで、俺の知らない「ステータス」があるのかもしれない。
しかしどんどんエスカレートしてくるオッサンの態度に俺ももう限界
「分かった、引きゃいいんでしょ」
口には出さないが「この馬の骨野郎め」と言う気持ちで、登りで速めのイーブンペースで引き、確実に苦しんでいるのを走りながら確認。
呼吸が上がりきっているのを後ろ目に確認しながらさらにペースを上げて千切ってやる。
そして頂上では止まって待ってやる。
そして再びグループライドになったところで前で急ブレーキしたりとやたらと挑発してくる。
無視して先行したら、後ろから反対車線に出て行ってアタック!
そのままこちらをチラチラ見ながら逃げていった・・・

こんな面倒くさいやつとゴールまで走ったり、先行して後ろを気にしながら走るのが面倒
そのままイーブンペースで走る他の選手と一緒に残り距離を楽しむ


ラスト15kmを切ってゴールの町サンカンタン・イブリーヌに突入
そういえば2日ほど前にここをブレストへ向けて走り向けていった記憶がよみがえる。
なんだかすごく懐かしく、戻ってきたことを歓迎されているかのように感じてしまう。
あと10?、町の中の信号が鬱陶しく気になる。早くゴールしたいのにまだ20分以上解放されないのか・・・
俺を含めて3人のパック
少しずつ日が陰っていく
もう午後9時を回っている
今日はあまり天気が良くないから初日のようにすごく明るくない
テールライトもヘッドライトも点灯して、ナイトランと言えばナイトランだが闇に包まれて睡魔とも戦わなければ、というプレッシャーは欠片もない。
ゴールがすぐそこにまで近づいている分、気分的には非常に楽だ

逆走と考えると最後にまで少し登っていたようなぁ・・・
しかし疲れているからか、この道は走った記憶がないなぁ・・・
そう思っているとゴールへは若干違うルートで走っていたようで、突然ゴール地点、2日前にスタートした地点が見えてきた
たくさんの人がいつ戻ってくるかもしれない選手たちを待ち、そして拍手で迎えてくれる
1235km
これだけ走ったのだから感動で泣いちゃうとか、体の奥底から湧き出るようななにかがあるかと思ったが、自分でも自分が嫌いになりそうなぐらいに不感症?まったく感動の「か」の字もなくゴールラインを越えた


53時間16分
丸2日以上走っている
最初ターゲットにしていた40時間台を達成できなかった悔しさが一番最初に感じた自分の感情
そしてその次に考えたことは、今日中に寝られるかも、食事もさっきのコントロールポイントで済ませたから、何か飲みものがあれば大丈夫かな

スタッフの森脇君がゴールに迎えに来てくれている。
少しだけ喋って俺はホテルへと向かう。彼はまだゴールに待機して、落合くんを待つそうだ。


気が付くと完全に辺りは真っ暗
時間も9時半ごろにゴールしたが気が付くと10時過ぎ
早く寝たい、ベッドで
そして早くシャワーしたい
そう思い、ゴールをあとにした


ゴールしてすぐ
やっと終わった!と解放感