LEL2017 Vol.4 そしてゴールへ


椅子に座っていてもバランスをとりながら寝ている。何度か揺れているのはわかっている。だけど睡眠不足だからかとてつもなく深いところで寝ているという実感はある。
なのにバランスを取っている自分を理解している。深いのか否か・・・何もかもが答えの出せない不思議な立ち位置。
時折目が覚めるのだから深くはないのかもしれないが、睡眠への満足度が異常に高い。
2時間は寝る気満々だったのに、40分ほどで目が覚める。つい3時間ほど前には幻覚というか自分をコントロールできない世界で苦しんでいたとは思えないほど頭が正常動作している。ふと前を見ると矢野君も椅子で爆睡モード。こちらもほとんど寝ずに走っているが、彼もそんなにしっかりと寝られない状態でサポートしてくれている。感謝だ。
多分2〜3時間寝ても、いや8時間寝たとしても体がリフレッシュするとは思えない。このままさっさと走り切って、ホテルでベッドに沈み込んで寝てしまうほうが絶対体にいい。まぁ人それぞれ考え方は違うだろうが、自分はそう思う。

朝食を食べる。空になった充電池がすごい勢いで蓄電しているかのようにどんどんエネルギーが溜まっていく。そうなると長居は無用、ゴールを目指す。


おお!思い切り向かい風だ(笑)撮影チームも途中道路脇にいたが、格好よく走ることもできないほどに風がきつい。まぁペダルを止めなければどんなスピードだろうと必ず前に進んでいく。そんな当たり前のことを、強がりにも自分に言い聞かせていたのもつかの間、オープンになった区間ではまっすぐと前から強烈に風がぶち当たってくる。
時速20キロを越えていればひとまず強がりも言えたが、時速15キロまで低下。それもただの平坦区間だ。強がりなんて出てこない。今は泣き言しか思い浮かばない。
「だめだ、一度止まって深呼吸して落ち着こう」
止まっても仕方ないことは自分でもわかっている。しかし朝になってどこかに行っていたもう一人の自分はやはり存在しているようだ。
交通量は意外に多く、民家の入り口やちょっとしたスペースに寄せて足を着いて休憩。止まったところで何も変わらない。変わるのは唯一「到着時間が遅れる」ぐらいのことだ。
止まっては進み、止まっては進み・・・次のPCセントアイヴスに到着。

ここから先はケンブリッジを経由するのか否かのルートを選択することができる。ここではあえて迂回ルートを走るつもり。これは後半の疲れているときに少しでも街中を走らないほうが安全だ、という判断。実際獲得標高を調べてもそれほど大きくスピードは落ちないだろう、と。

10kmも進まないうちに登りが。
直線的に2kmほどの登り。そのあとにアップダウンでも続くのか。思ったほどではなかったか。そう思たのもつかの間、イメージ的には登っても登っても頂上が見えない。
正確には・・・たぶんそれほど登り勾配はきつくなく、体がフレッシュならそれほどではないはず。しかしこちらは1,300kmを睡眠2時間弱でここまで走り続けていて疲労で平坦すら登りのような感覚だ。そして強烈な向かい風。3%でも登りなら体感的には8%以上の登りに感じる。スピードが一桁から脱しない。
ただ単にコースがきついのか、はたまた体が限界を超えていて感覚がマヒしていてきついのか・・・それとも両方ともなのか・・・15分もペダルを漕ぐと無意識に地面に足を着いて休もうとしている。ふわふわと、意識は進まない魔法の絨毯にでも乗っかっているかのごとく。


飛行機が地面すれすれを飛んでいる。どこかの空港の近くのようだ。
正直言うと別に興味もないのだが、何が自分のツボにはまったのかはわからないがカメラで写真を撮ったり動画を撮影したり。冷静にものを見ている自分が、壊れている自分を分析している。しかし忠告をしたり注意をしたりすることができない。しかし自分で妙にそれを冷静に見ている。

最後のチェックポイント。ここからは残り48km。止まってゆっくりする理由はない。
妙に空腹感はあるので何か食べたいが、しかし何かを食べてゆっくりとする気持ちもない。完全に駄々っ子状態だ。
コーンフレークと牛乳。
イギリスで一番おいしくて期待を裏切らなかったもの。
そこまで言うといいすぎか(笑)しかし安定のおいしさ。何よりも、ブルべの最中に牛乳を飲みたいと思ったのは今回初めてだ。そんな不思議な感覚でコーンフレークを胃の中に入れてゴールを目指す。
雨の降る中、空はどんよりと。そしてさっきよりも気温は明らかに低い。たったの48kmなのに気持ちは乗らない。
まるで同じルートをループしているかのような感覚。同じところをさっきから8の字にぐるぐると、メビウスの輪を走り続けている。体の平衡感覚やら時間軸やら、何もかもが狂っている。確かに道も似ている。ただでさえ似ているのにゴールまでの区間はあえて似たルートを探したでしょ?と思わざるを得ない。

後ろからイギリス人らしき人に追いつかれる。ゼッケンからすると自分より前にスタートしているようだ。どこかでゆっくりと休んだのだろうか。しかし遅いわけではなく、装備からすると「速い」。
フロントバッグにマッドガード。自分は勝手に「英国式」とカテゴリー分けしているが・・・この英国式の英国人サイクリストがスムーズで見ていて格好いい。
今回のLELでは
スピーディに移動し、そして休む
これがキーワード。ラファでも提唱していた「トラベルファー・パックライト」と同じだ。
決して荷物がないわけではない。しかし最小限に、必要なものをきっちりと仕分けしているのだと思う。これがそもそも格好いい。
装備を増やすことは簡単だ。しかしそれは走力ダウン、体力をダウンさせている。こういうロングライドができるバイクの機動力を殺してしまっている。
明らかに自分より年配だが走りがスムーズ、見とれてしまう。俺も年をとったらこんな風にお手本な走りをしたいものだ。

ようやく高速道路の向こうに町が見えてきた。たぶん高速道路がロンドンの環状線だろうか。
ラフトンの街に近づいてきた。最後まで、しつこいほどにアップダウンがあり感極まる暇はない。既にスタートした時の思いですら出てこない。ただ、きつい。そして解放されたい。
そんな気持ちをもちゴールへ近づく。
もうすぐ開放もうすぐ開放、まだか?まだか?
そんな気持ちでゴールへ。
ブルべカードに最後のスタンプを押してもらう。
押された瞬間、気が抜けた。あ、無茶苦茶寒いかも・・・
ラスト50?は防寒具もないまま雨に打たれてのゴール。最後だし、と思って集中してレインジャケットを着ずに走り切った。しかし寒いものは寒い。震えが止まらなくなる。スタッフに聞いてシャワーの場所を聞くがいまいちわからない。

矢野くんとシャワーを探しに行くが、ちゃんと聞いている矢野くんですら開かないドアを開けようとしたり・・・伝わっていない(笑)
肌が痛むほどの熱く突き刺さるシャワーを期待していたのに、誰が「人肌」なやんわりシャワー温度にしたんだ!!怒りで思わず温度調節できる何かが壁にあるんじゃないか?と見て回った。が、なかった。
人肌シャワーで汚れを洗い流す。まずは乾いた衣類を身にまといたい。

81時間22分
1,400kmに渡った旅は終わった。
ほぼノンストップで駆け抜け、誰かと触れ合ったりその土地を感じ取ったりという感覚は薄い。しかし振り返ってみると確かに何かに、何かと触れている。それが旅と感じる理由かもしれない。
暮れていく太陽、空けていく闇、この世の果てのようにも感じる分厚い雲に覆われた空・・・
そのすべてはしっかりと記憶に残り、振り返るとすべては記憶に刻まれている。
自分が最初に考えていたタイムはブレークできなかった。しかしそれは一つの動機で、ゴールするということも確かに大きな動機なのだ。
何事も、どんな時も、ゴールへと辿り着く。たとえどんなに厳しくても。

次はどこで何を目指すのか。自分でもわからない。しかし必ず走るだろう。
それは道が続く限り・・・


眠い しかし寝られない
小一時間で目が開く。気持ちの中で、暗い闇の中に沈んでいくように寝てしまうと二度と目が開かないような気持が覆い、恐怖で寝られない自分がいる。



ゴールまでは素晴らしい青空。このまま・・・
しかしゴールまでの60kmは雨だった。



あまりの爆風に心が折れる
ほぼ平坦区間、時速9km/h・・・子供にも抜かれそうだ


ゴール
スタートしてから81時間22分。
自転車を見ても跨りたいと思わない。



盟友、矢野君と
サイコーの夕食だった